ふるさと総研 設立披露パーティが盛大に開かれました
〜マイホームからの転換、住宅の相続的譲渡制度の創設〜   

2007.10.27
ふるさと総研所長 玉田 樹

 福田政権の第3次構造改革

5年続いた小泉政権は、まず金融システムの再構築や産業のリストラなど、いわば“経済”にかかる改革を最初の構造改革として実施した。次いで道路公団や郵政の民営化ならびに三位一体の財政改革など、いわば“行財政”にかかる構造改革を第2次の改革として緒につける成果を残した。

しかし、格差問題にみられるように、特に地方に行けば「小泉内閣の構造改革は、東京がよくなることはあっても、地方都市にはまったくの恩恵がなかった」との声を耳にするようになったのも事実である。

安倍政権はこの問題に対処できず、今般、福田政権が誕生した。この政権が行うべきは、これまでの構造改革を継続することであり、現下の情勢では、地方都市をふくめ地域住民が「よくなった」と実感できる構造改革に着手しないわけにはいかない。そのため、“経済”や“行財政”に止まらず、さらに一歩踏み込んで“国民生活”にかかる構造改革、いわば第3次の構造改革にいま着手すべきである。

こうした“国民生活”にかかる構造改革の期待は、国民の間で大きくなっており、またそれを実現することが可能な状況が生まれはじめているとみられる。国民の価値観が、大きく変りはじめたからだ。


「豊かさ」から「よりよく生きる」価値観への歴史的転換

人々の生活価値観は、これまでの受身で横並びを意識した暮らし向きの「豊かさ」を追求することから、いまや一人ひとりがチャレンジし「よりよく生きる」ことのできる生活を優先しはじめている。

 90年代の生活不安に対し、政府は無策であったばかりでなく、逆に増税などで国民生活を圧迫することしばしであった。また、企業はついに雇用リストラに手を染めた。これに対し、“それなら一層のこと、自分自身で自らの生活を変えてしまおう”というチャレンジ意識が横溢しはじめ、「よりよく生きる」とでもいうべき価値観が芽生えた。それはちょうど2000年のことである。1990年代の「失われた10年」は否定的に捉えられることが多いが、「失われた10年」があったからこそ、政府や企業依存によって得られる「豊かさ」価値観から、政府・企業に頼ることなく自ら自立しようという「よりよく生きる」価値観に、国民の価値観が変ることができたのである。

 野村総合研究所が行った2003年の全国1万人アンケートでは、国民の生活目標は、「経済的に豊かな生活」が33%であったのに対し、「よりよく生きる」はすでに38%に達している。

 戦後長らく続いた「豊かさ」を追い求める価値観は、60年ぶりに「よりよく生きる」へと歴史的に転換した。


「よりよく生きる」価値観に対応した構造改革

こうした価値観の転換は、多くの社会の仕組みの変更を要求している。みんなが「豊かになる」という戦後続いた価値観のもとでは、政府が丸抱えで何でもやってしまうという“公助”の仕組みが有効だったが、一人ひとりがチャレンジし「よりよく生きる」価値観を実現するためには、地域のみんなでやる“共助”、自らのことは自分でやる“自助”の仕組みに社会が変わっていかなければならないのである。

例えば、「あなたのお住まいの地域に『空き巣』などの被害が増加した場合、あなたは、まず最初に何をしようと思いますか」という先のアンケートで行われた質問で、その回答は、@警察に働きかけて地域の見まわりなどを強化してもらう50.2%、A隣近所どうしで協力して地域の防犯体制・防犯意識を強化する、41.3%、B民間の有料ホームセキュリティサービスに加入する、7.8%であった。「警察」が大多数を占めるのではないかという予想はみごとに裏切られ、「隣近所」が4割を占める意外な結果となった。

 犯罪を取り締まるべき警察に対する信頼感の低下が、警察に頼らず、自ら事に当たろうとする機運を盛り上げたのではないかと思える。警察に頼る“公助”意識が薄れ、隣近所が助け合う“共助”、自分自ら対処する“自助”の精神が芽生え始めたようだ。

だから「4年間で地方警察官を3万人以上増員する」というマニフェストは、それはそれで重要だが、いま問われているのは、隣近所どうしで協力して地域の防犯体制を強化する、という“共助”意識を支える仕組みをどう構築できるかである。

 “公助”から“共助”“自助”への社会の仕組みの転換は、防犯の仕組みに限らず、安全保障、災害対策、社会保障、教育、働き方、住まい方、地方問題など国民生活にかかわるあらゆる分野で行われる必要がある。

「国民の意識を変えなければ改革ができない」などとする国の教育等の各種審議会の答申は、時代錯誤であり、世の中の変化を見誤っている。国民の意識は、“変化にチャレンジする”にすでに変わっているのである。だから、戦後の「豊かさ」を効率的に達成するための政府丸抱えの“公助”の社会の仕組みは、いま、一人ひとりが「よりよく生きられる」よう“共助”、“自助”を原理とした仕組みに組み替えていかなければならない。これは行政府と住民が一体となって取り組まなければ実現できないが、しかしこれが叶った日には、多くの国民が活き活きと目を輝かせて生活し、行政は過大に抱え込んだ課題から開放されスリムになることができると思われる。

これが国民生活にかかる第3次構造改革である。これを行うのは福田政権の役割だが、しかし何よりも地方政府がこれを率先垂範することが重要だと考える。


マイホームからの転換、自己実現の住まい方

国民生活にかかわる第3次構造改革のひとつが、マイホームからの転換である。これまで、住まいについてはマイホーム政策として、初期はみんなが住宅を持てるという量が問われ、その後はより広いスペースという質が追い求められてきた。そのため、かつて“ウサギ小屋”と揶揄されてきたわが国の住宅環境であったが、近年では少なくとも欧州と比べて遜色ない水準になった。

そこで改めて、「豊かさ」の象徴であったマイホームに代わり、我々が「よりよく生きる」を実感できる住まい方とは何なのかが問われることになる。

振り返ってみれば、とりわけ大都市の住宅の歴史は、住まいに対する欲求を一軒の家の中ですべて充足できるわけではないことを認識することでもあった。多くのサラリーマンは企業で華々しい活躍をしてきたが、その一方で住まいとして必要となる仕事には十分な時間を割くことができなかったため、住宅機能を金銭による外部サービスの購入によって購ってきたところが多い。だから、外部のサービスを購入できることが豊かだと思い、それがサービス経済化の進展を促した。マイホームとは、そのようなものであったのである。

しかし、ここに大きな落とし穴があった。野菜作り、大工仕事、庭の手入れ、子育て、ひいては食事づくり等々まで、本来自分でやればできた能力を殺ぎ落とすことになったのである。我が家を持ち、外部サービスを購入できることが、「豊かさ」を象徴してくれたはずであったが、しかし、外部サービス購入に依存することが、いかに自らの能力を萎えさせてきたか。

多くの国民は、このことに気がつき始めた。“自らの生活を変えることを厭わない”というチャレンジ精神が示すものは、マイホームに代わる住まい方として、“失われた自己をとりもどす住まい方”が希求されはじめたことを意味している。


注目される同居・近居、家族意識の転換

これまでのマイホームの住まい方は、親子4人に代表される核家族がモデルとして有効に機能した。しかし、この核家族という概念に変化の兆しがみられ、親の世帯と子どもの核家族世帯、この2つの世帯の関係が大きく変ろうとしている。

国の調査によると、既婚者で現在、親と同居しているのは22%、親が1時間以内の近距離にいる近居は52%、遠距離に住むのは26%である。一時期、同居が増えたが、最近では近居が増えているといわれる。これは、同居による“気詰まり”を回避するために、近居が選択されていると考えられる。

同居や近居にみられる親子の住まい方の関係は、“いざというとき”や“子育ての相談”など、改めて家族、ファミリーが意識されているということである。これまでのマイホーム時代には、核家族が当たり前であったが、これがどうやら再び“より大きな家族”という方向に向かい出したようだ。

これは家族に関する重要なパラダイム転換である。核家族に子育ての困難があるのなら、より大きな家族の出現は少子化という問題を解いてくれるかもしれない。

したがって、同居による“気詰まり”を回避することが可能となるならば、近居もさることながら、長男・長女社会のもとでは同居は改めて住まい方の重要な選択肢となってくるだろう。


マイホームから「同居+別途住まい」へ

かつて計画的に開発された都市郊外の住宅団地は、近年、子どものいない年寄り夫婦の住宅地と化し、“親の住宅”問題を生んでいる。子どもたちは、都心のマンションに集中しはじめているからである。

長男である子どもが都心に別途住宅を取得してしまえば、“親の住宅”問題は未解決のままとなる。だが、親の住宅に自分の子どもが住み二世帯同居になるなら、子ども世帯に住宅購入貯蓄が不要になり、なにより子育て問題や“親の住宅”問題、さらに将来の過剰住宅を生まなくなる。しかし、二世帯同居には“気詰まり”が発生する。

そこで、親子の二世帯同居の住宅に、新しくもうひとつの“別途の住まい”が加わり、あたかも別宅のように日常の同居の“気詰まり”から逃れるように利用できるならば、人々は近居よりも同居を選ぶに違いない。

であるなら、まず子ども世帯が購入すべき住宅は、都心の新規住宅ではなく、親の住宅と考えるべきである。そして親子二世帯同居をしつつ、“別途の住まい”を持つことである。一見奇妙な仕組みではあるが、長男社会、過剰住宅社会だからこそ新たに発生した“親の住宅”問題を解くポイントはここにある。


住宅の相続的譲渡制度

これを促進するため、「相続的譲渡制度」を創設することが有効である。それは現代版家督相続のようなもので、例えば市場価格で5,000万円する親の住む住宅を長男である息子に例えば500万円の安い価格で譲渡する。そして親は500万円を元手に“別途住まい”を購入したり借りたりする。通常はこうした行為には、この例では合わせて2,000万円を超える贈与税や譲渡税がかかってしまう。しかし、このような親と子との間で相続的要素があり、かつ親が別途住まいを手に入れるような場合、通常の税率より大幅に低い税率を適用することによって、親子二世帯同居住まいを促進する政策を打つべきである。

マイホーム政策の継続によって、10%を超える住宅の過剰を生み、老人のみの住まう親の住宅問題を生じさせ、雇用機会均等のもとで核家族による少子化に歯止めがかからないのなら、今、親子二世帯同居住まいを促進することにその政策を転換すべきと考える。こうすることが、第3次構造改革である。

親は、子どもへ相続的譲渡によって住まいを譲渡し、自らは同居人となる。その代わり、譲渡時に得たわずかばかりの資金を元手にして、同居による気詰まりを回避するための“別途の住まい”を手に入れるのである。

より大きな家族、ファミリー志向に向かい始めた現在、“親子二世帯同居住まい+別途の住まい”という仕組みが検討されてよい時代となった。

テキスト ボックス: 住宅の相続的譲渡制度(試案)
親の住む住宅のすべてないし半分程度の権利を時価よりも安い価格で長男・長女に譲渡した場合、長男・長女がその住宅を主たる住居とすることを前提として、かつ譲渡資金を元手に親が“別途住まい”を購入する場合は、長男・長女および親に課税されることになるであろう贈与税と譲渡税に低い税率を適用し、かつ遅延利率を適用しない分割納税を認める制度








地方兼居のすすめ

いま、地方では300万戸の空き家が存在する。10軒に1軒が空き家状態になっており、筆者の推計では2020年には地方の空き家は460万戸に増えると予想される。5軒に1軒が空き家の状態になり、地方の悲惨さが拡大の一途をたどる。

この空き家を、大都市住民の2軒目の家として活用することが、「地方兼居」である。“親子二世帯同居住まい+別途の住まい”の“別途住まい”にあたる部分を、「地方兼居」に求めるのである。

近年、TVや雑誌などで“田舎暮らし”や“農業”なるものがよく特集されるようになった。その多くは、地方に定住したり、家を購入したりすることが想定されている。しかし、これはリスクが高すぎる。

「地方兼居」は、大都市のいまの住まいである本居はそのまま維持し、場合によっては子ども世帯と同居して、とりあえず地方の空き家を1ヵ月単位で“借り”、農繁期のアルバイト(これを「逆出稼ぎ」という)をすることから始めたい。これが、“失われた自己をとりもどす住まい方”を実現してくれる。そして、大都市本居で納めた住民税を、地方兼居をした期間分地方に付け替える、もしくは寄付を行うのである。こうした一連の行動が、「よりよく生きる」自己を実現し、ファミリーという新しい家族を生み、それが結果として地方を活性化させることにつながる。

マイホーム=核家族という「豊かさ」を象徴した政策体系を一度ご破算にして、二世帯同居+地方兼居=“より大きな家族”という新しい形態を実現する政策に転換することこそが、「よりよく生きる」価値観にもとづく“国民生活”にかかる第3次構造改革のひとつとなり、少子化問題に解決の糸口を与えてくれるに違いない。


シニアから変える住まい方

 二世帯同居+地方兼居=“より大きな家族”=「よりよく生きる」価値観の実現は、まず、シニアとりわけ団塊の世代が、率先垂範すべきと考える。この世代は、核家族のモデルと囃したてられ、大量消費時代をつくったとおだてられ、いわば「豊かさ」を象徴するマイホーム政策の“公助”の恩恵を最も享受した世代である。そしていま定年という時期を迎えて、“親の住宅問題”に直面し始めており、またこれから“失われた自己の復権”を求めることになる。

 国やNPOふるさと回帰支援センターなどの調査によれば、大都市に住みながら1ヵ月以上地方兼居をする二地域居住を行いたいとするのは50%にのぼる。しかし、実際にはなかなか実行できないでいる。いわば「地方兼居」に向けたロケットの発射台に、世の半分の人々が載ってはいるが、点火されずにいる状態にあるのが今の姿である。

 こうした状況を突破するには、かつて団塊の世代が“核家族”というモデルをつくったように、シニア・団塊世代がいま一肌脱いで親子間や大都市と地方間の“共助”の仕組みを再構築し、「よりよく生きる」住まい方のモデルをつくることが期待される。これが、“失われた自己をとりもどす住まい方”の“自助”をやりやすくしてくれるだろう。

もとよりこうしたモデル構築のインセンティブをつけるために、政府はマイホーム政策から構造転換し、親子二世帯同居政策、住宅の相続的譲渡制度や二地域居住の場づくりなど「地方兼居」の“公助”政策に軸足を移すことが求められる。

(本論文は、「人と国土21」(国土計画協会)200611月号に掲載されたものを加筆修正したものである)